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2011年1月29日 (土)

Facebook恐るべし

友人に勧められ、最近Facebookに登録した。

Facebookはソーシャルネットワークの一種で、登録した人々同士がネットを通じて連絡を取り合うことができる便利なサービスだ。ソーシャルネットワークというと日本ではMixi(ミクシィ)が有名だ。私は登録していないが、カミさんが利用している。カミさんの話を参考にMixiとFacebookの違いを考えてみると、Mixiではネットワーク内では仮称を用いるため個人を特定できないが、Facebookでは実名で登録し、その上顔写真も公開が原則とされているので、相手が誰かを認識した上でやりとりをするようになっている。Mixiでも友達同士になって実際に情報交換をする相手は実際誰なのかは分かっているようだが、他のグループからは認識できないので、内輪で集まってネットワークを形成する感が強い(井戸端会議的)。それに対し、Facebookでは誰と誰がやりとりしているのかが外から見ても分かるシステムになっており、非常にオープンなネットワークとなっている(欧米のパーティ形式だ)。

最初は個人情報の流出や悪意のある登録者の存在など、懸念もあったのだが、このシステム、登録者を取り囲む”友達”がその人の存在を保障していることに気付いた。実際の社会と一緒で、各人の言動を皆が見ていて、つながっているわけで、そう簡単に悪いことはできないのだ。基本的には匿名で、内輪だけには情報が公開されることによって安全を担保するMixiとはここが大きく異なるところなのだろう。

Facebookに登録し、友人と”友達”になりやりとりを始めて間もなく、マイアミにいた頃の職場の人から”友達”リクエストが届いた。名前をはじめとするプロフィールがネットワーク内総ての人々に公開されているので、私をみつけてコンタクトをとってきたのだ。すぐに”友達”リクエストを”承認”すると、その人の友達情報にアクセスできるようになる。元職場に所属する人がたくさん”友達”登録されているから知った顔がたくさんある。こちらからさらに”友達”リクエストを出したり、向こうから私に気付いてリクエストを送ってくれたりしてあっという間に”友達”の輪が広がった。それぞれが近況報告や写真をアップロードしてあり、それらを見て回ると、マイアミにいた頃と変わらないような気持ちになってくる。離れて2年以上が経つが、友人らの最近の写真を見ていると、ほとんど地球の真裏の出来事とは思えないくらい身近に感じる。

このFacebookはもともとハーバード大学の学生が学生同士のコミュニケーションツールとして開発したのだそうだ。徐々に学生以外も参加できるようになり、やがて世界に広がり、驚くほどの数(現在5億人以上)の人々が参加する一大ネットワークになったのだそうだ。開発者は億万長者となり、彼を描く映画「ソーシャルネットワーク」も作られた。今年のアカデミー賞にもノミネートされ、日本では現在公開中だ。アメリカではすでにDVDやブルーレイディスクが発売されており、早速Amazonで注文してしまった(北朝鮮への制裁の関係で国際郵便が遅延しているらしいのでいつ届くのか心許ないが)。

そんな折り、今度はマイアミで英会話を習っていた際のクラスメートから”友達”リクエストが届いた!マイアミにいた頃は授業以外でも会ったり、メールのやりとりをしていたのだが、メルアドが変更になって連絡が取れなくなっていたのだ。びっくりしてリクエストを”承認”すると、その友達ネットワークには他のクラスメートが大勢いた!!さらにリクエストをしあって友達の輪が増えていく。

これはスゴイ!

地球があっという間に小さくなってしまった。気軽に連絡し、近況を知り、写真で顔を合わせることができる。国際電話も、メールも、Blogも、Skypeもすごいけど、Facebookはけた違いにスゴイ!!雪だるま式に世界が広がっていく。自分が発信した声に世界中から反応が返ってくる。

世界ではもっとすごいことが起こっている。Facebookはチュニジアに政変を起こした。エジプトで最大規模の反政府デモを引き起こした。Facebookでの呼びかけに反応した人々が行動を起こし、世界を変えてしまった。Facebookに登録する人々の数の力が、少数の権力者をねじ伏せてしまった。

私が昨年最も印象に残った出来事はWikileaks事件だった。情報公開が進み、秘密がなくなる世界が果たして幸せなのか?、今私の中で最も大きな命題の一つとなった。世界を変えつつあるFacebookはその一つの答かも知れない。世界中の人々が平等に意見を表明できる中で、より多くの賛同者を得た意見が実現されていく。どんな権力も数の力にはかなわない、かもしれない。

しかし、民衆がいつも正しいとは限らない、かもしれない。。ネットにあふれる情報にはまがい物も多い。新聞などのマスメディアが行ってきた情報の正確性を担保する「裏をとる」作業を、自分自身で行っていかなければ、誤った情報から事を判断する危険だってある。また、ネット上にあふれる噂、中傷がビッグウェイブを生み、これまでにもマスコミが時に行ってきた個人攻撃のような、集団リンチに発展する可能性だってある。

経済は国境を超えた。インターネットの普及で情報も国境を越えた。イデオロギーも時には暴力を伴って国境を越えた。いよいよ人々の意見が国境を越え、力を発揮するようになった。

Facebook恐るべし。

そして世界が、本当に変わるかも知れない。

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