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2008年4月26日 (土)

サラソタへ

Sarasotabeach
サラソタへ出かけた。

サラソタはフロリダ半島西海岸にある小さな美しい街で、白い砂浜とサンセットで有名なビーチがある。私達がサラソタへ行くのはこれで2度目だ。マイアミにも美しいビーチはあるが、メキシコ湾の海はエメラルドグリーンで、どこまでもブルーな大西洋とは趣も異なっており、お気に入りなのだ。

フロリダ西海岸へ出かけるときはI-75 Highwayで出かけるのがつねなのだが、今回は趣向を変え、オケチョビー湖経由でUS21US70を通っていくことにした。オケチョビー湖まではマイアミ周辺の景色と変わらず殺風景であったのだが、その先は牧草地帯が広がり、私がマイアミへ来る以前に抱いていたアメリカ~ンな風景が展開され、とても嬉しくなってしまった。途中にある小さな街の風景もマイアミとはうって変わってクラシックな家々が並んでいる。
Caw そこにはマイアミ周辺ではお目にかかれないアメリカ~ンな光景が!

US21US70Highwayではないのだが、制限速度は65マイル/時(時速104キロ)とあまり変わらず、クルーズコントロールで快適に走れる。アクセルを話しても一定速度で走れるクルーズコントロールは、カーブがたくさんあり、交通量の多い日本に道では使用する機会があまりないが、どこまでも真っ直ぐな道が延々と続くアメリカの道では重宝する。今回も景色を楽しみながらクルーズコントロールを制限速度の65マイルにセットし爆走していた。しかし、ここに落とし穴が・・・。

途中、橋にさしかかるところで緩いカーブになっていたため、クルーズコントロールを解除してブレーキを踏みつつカーブを曲がると、路肩にパトカーが止まっていた。横を通り過ぎてしばらく行くと、いつの間にやらパトカーが追走し、サイレンを回している。オヤ、と思い、車を路肩に止めて待っていると警官がニコニコしながらやって来た。

「どこから来たの?マイアミ?そう、これからサラソタへ。ロングドライブだね。ところで、スピード、結構出てたね。橋のところで56マイル。ここ35マイル制限なんだよね。」

「え?でも標識に65マイルってあったけど。」

「それは橋の手前なんだ。橋の上は35マイル。標識があったんだけど、見なかった?」

(絶句・・・)

ふ、不覚・・・。橋を渡り終えると街に入っていくために制限速度が変わっていたらしい。しっかりスピード違反チケットを切られてしまった。

せっかくアメリカ~ンな風景が続いているのに、ショックのあまり標識にばかり目がいくようになってしまった。このルート、制限速度がころころ変わる。その変わり目には必ずと言っていいほどパトカーが隠れていて、あちこちで違反チケットを切っている光景に出くわした。ドライブされる方がいたらくれぐれも速度にご注意を!

気を取り直してサラソタへ向かう。走行距離がむしろI-75より短いくらいなので、サラソタまでの所用時間はほとんど変わらないか、やや早いくらいだ。夕方には無事サラソタに到着した。ホテルにチェックインし一休みしてからビーチへ。すでに7時近かったが、まだ泳いでいる人もいた。子供たちも早速砂遊びを始めた。

それにしても美しい砂浜だ。遠くまで出かけてきた甲斐がある。エメラルドグリーンのメキシコ湾に傾きかけた夕日が映えて極上の風景が展開する。この日は雲もなく、海に沈む夕日を心置きなく楽しむことができた。
Sarasotasunset 海に沈む夕日が美しい

辺りは徐々に暗闇に包まれていく。ビーチを後にして車でホテルへ向かう。途中サラソタの繁華街を抜ける。週末だけあってにぎやかだ。まさに南国の楽園。マイアミの喧噪を離れ、今夜はゆっくり休むとしよう。
Sarasotanight

2008年4月20日 (日)

友人が遊びに来た6

2日目はビーチ&バーベキューの予定であったが、

「もう1回ゴルフに行きたい」

と言う友人の要望で、ゴルフ&バーベキューに変更することに。

以前にも書いたとおり、マイアミにはたくさんの公園があるが、その中にバーベキュー施設とゴルフ場を兼ね備えたところがある。今回はそんな公園のひとつ、Greynolds Parkに出かけることにした。
Dadepark 公園内には木々が生い茂り、レジャー施設も充実している

公園内には備え付けのテーブルとバーベキューコンロがあるので、肉や飲み物、炭を持参すればバーベキューパーティーが簡単にできる。トイレや水道もあって便利だ。また、遊具や広い芝のグランド、木登りを楽しめる木々などがあり、子供の遊びにも事欠かない。
Bbq1 ピクニックエリアに備え付けられたテーブル
Bbq2 バーベキューコンロも用意されている

こちらの炭は着火燃料が周囲に塗られているタイプが主で、着火も容易だ。ビール片手に火をおこし、肉を焼いていく。昼食のメニューは、アスパラベーコン、チキン、リブステーキだ。青空の下で食べる食事は格別おいしい。

午後は子供らと遊び回り、少し涼しくなってきた頃ゴルフコースへ。ここはハーフコースだが、この時期2時を過ぎると一人$9でプレイできる。今回は子供らも連れて行くことにし(見てるだけ)、電動カートを借りていざ出発。

子供らにカートを運転させていたら注意されてしまったが、マイアミの抜けるような青空の下でプレイすると心が洗われる思いだ。

一汗かいたあとテーブルに戻り、今度は夕食の準備だ。種火になった炭に再び火をおこし、今度は分厚いステーキを焼く。肉はウチの家族のお気に入り、Costcoのニューヨークステーキだ。日本の霜降り牛肉もうまいが(今では懐かしさすら感じてしまう)、アメリカの肉は肉質自体が軟らかく、塩こしょうでただ焼くだけで実においしいステーキになる。その上びっくりするほど安い。日本に輸入されるアメリカ牛肉がなぜあんなに硬くてまずいのか理解に苦しむ。うまい肉は全部自国で消費してしまうのだろうか?
Newyorksteak 厚さ2.5cmくらいあるニューヨークステーキ。ポン酢で食べると本当にうまい!

バーベキューとゴルフがセットで楽しめて、充実した一日だった。かなりの強行軍に加えて、マイアミの暑さにやられてややバテ気味の友人であったが、目的のゴルフは充分楽しめたようだ。体力が余っていたら、もう1回くらい来てみる?

2008年4月19日 (土)

友人が遊びに来た5

友人が再び日本からマイアミに遊びに来た。昨年11月の訪問でマイアミを気に入ったらしい。

今回はサンフランシスコに立ち寄ってからやって来たのだが、昨夜遅くにマイアミに到着し、明後日朝にはマイアミを発つというハードスケジュール。目的はゴルフだ。マイアミの青い空の下で芝を刈るのを楽しみにしてきたそうだ。

そこで今回は、最近のお気に入りコース、Miami Spring Golf and Country Clubに行くことにした。このコース、1920年代にはマイアミ・オープンにも使われていた由緒正しきところで、現在はパブリックコースとして比較的安価に楽しむことができる。
Clubhouse マイアミらしい色合いのクラブハウス

今回は職場の日本人の同僚も合流して4人でラウンドした。友人はこの日に向けて日本で特訓を重ねてきたらしく、距離があってグリーン周りの難しいコースにも関わらず、思いっきり楽しんでくれたようだ。

ゴルフのあとは、前回訪問する時間のなかったサウスビーチに繰り出す。ここは観光都市マイアミの中でも最も観光地らしいところだ。ビーチに沿った狭い通りにバーやレストランが並び、一晩中音楽が鳴り響いていてとてもにぎやかだ。行き交う人々はほとんどが観光客だろう、老若男女、子供連れから若者同士、老夫婦までが通りを行き来している。
Southmiamibeach 通りにはランボルギーニやフェラーリが並ぶ。さすが全米の大富豪が集う街だ。

店先を冷やかしながらしばらく歩き回り、イタリアレストランCaffe Milanoに入ることにした。キューバンカクテルMojitoを味わいながら、マイアミの夜を堪能する。この店、料理はまずまずだが、飲み物が思いっきり観光地値段だったなぁ。ウェイターが全然働かないのでチップを少なくしようとしたら、持ってきた請求書にはしっかり20%のサービス料がチャージされていた。

家に帰って飲み直し。こうしてマイアミの夜は更けていった。

2008年4月18日 (金)

二重国籍

マイアミで生まれた赤ん坊は日本人であると同時にアメリカ人でもある。いわゆる二重国籍である。

血統主義の日本の法律では、日本人国籍を持つ親から生まれた子は日本人だ。例えば、日本人が国際結婚をしてどこの国で子供を持っても子は日本人となる。一方、出生地主義をとるアメリカでは、例えどこの国からやって来た人でも(不法滞在者でさえも)アメリカの領土で子を産めば、その子はアメリカ人となる。アメリカ国籍を取得した子は、アメリカの学校に通う上では奨学金などいろいろと優遇を受けられるので、イタリア人や韓国人の教育熱心な人々の間では臨月になったらアメリカに旅行してきて出産し、子のアメリカ国籍を取得するのがはやっているらしい。

日本の現在の法律では、子が22歳になったときにいずれかの国籍を選択し、他方を破棄することになっていて、それまでは二重国籍でいることが認められている。

国籍を取得するためには手続きが必要だ。アメリカと日本を行き来するには双方のパスポートも必要となる。二重国籍を持つ子は、アメリカに出入国する際にはアメリカのパスポートを使用し、日本に出入国する際には日本のパスポートを使うわけである。アメリカと日本を往復しているだけだと、双方のパスポートに自国の出入国スタンプだけが押されることになるわけだ。

したがって、必要な手続きは以下の4項目。

1.   アメリカの出生届

2.   日本の出生届

3.   アメリカのパスポート申請

4.   日本のパスポート申請

アメリカの出生届は簡単であった。カミさんが出産した病院には産科病棟に出生手続きを担当する人が常駐していて、出産翌日に病室にやってきた。出生日や時間、子の名前、両親の名前を伝えると、書類を作成してくれた。ここで子の名前が決まっていないと手続きができないので、出産前から決めておいて良かったと思う。同時にSocial Security Number(「アメリカ生活三種の神器」参照)の手続きもしてくれた。お約束通り、翌日確認のために届いた書類には自宅住所が間違って記載されていて、訂正をお願いすることになった。名前が間違って記入されていることすらあるらしいので、しっかり確認した方がいい。間違って登録されると、訂正するのに裁判所までいかなくてはならないらしい。

Social Security Numberは3週間ほどで自宅に郵送されてくるが、出生証明書Birth RecordはVital Record Unitと言う役所に申請してcertified copyを発行してもらわなければならない。出生日から4週間が経過すると申請可能になる。Websiteからも申請可能だが、直接Vital Record Unitに出向いて行った方が早いし、安い(場所はこちら)。

この出生証明書、日本国籍やアメリカパスポートの取得、健康保険の申請などに必要になる。日本の戸籍謄本や戸籍抄本のように親子の証明としてもしばしば必要となるので、アメリカ人は1枚ラミネート加工したものを手元に置いておくらしい。通常はこれを複写したもので事足りるようだが、日本国籍とアメリカパスポートの取得にはCertified Copy(日本で言うところの「原本」で、要するにVital Record Unitで発行してもらったものそのままのこと)が必要なので、私の場合には最低2枚必要だ。手元に置いておく分も必要だが、アメリカパスポート申請の分はあとで返却されてくるらしいので、これを保管用にすることにしよう。

日本の出生届は、両親の戸籍がある市町村に申請する。日本国内で出産した場合は2週間以内に届けなければならないが、何せアメリカの出生証明書が手にはいるまで1ヶ月かかるので、3ヶ月以内に申請すればいいことになっている。マイアミ総領事館を経由して申請することも可能で、必要な書類は領事館で入手できる。この場合は在マイアミ総領事館に保管するための申請書も必要となるため、すべての書類を2部用意する必要があるが、アメリカの出生証明書は1枚はCertified Copyが必要だが(市町村の戸籍課で保管され返却されない)、もう1枚は複写で構わない。領事館に赤ん坊の在留届を申請するのもお忘れなく。
Birthrecordapplication 在マイアミ総領事館で手に入れた出生届申請書

日本の出生届が済んで戸籍が作られたら、その戸籍を郵送で手に入れて、今度は日本のパスポートの申請だ。手続きは在マイアミ総領事館ででき、即日交付される。パスポートの申請には赤ん坊の写真も必要だが、生まれたばかりの赤ん坊のパスポート用写真を撮るのは至難の業だ。領事館の隣には写真屋さんもあるので、ここに任せれば安心だ。我が子はICチップつき最新パスポートを手に入れた。

アメリカのパスポートは郵便局USPSで申請する。必要書類も郵便局で手に入る。申請には海外へ出かける予定を証明する航空機のチケットやツアーの予定表などが必要だ。申請書類を郵便局に提出するとしばらくして自宅に郵送されてくる。追加料金を支払うと発行までの期間が短縮されるところがアメリカらしい。

こうして我が子はしっかりと二重国籍を手に入れた。将来何かの役に立つだろうか?

2008年4月17日 (木)

救急医受診

子供が怪我をした。

階段で足を踏み外して角であごを打ち、歯で下唇を切ったらしい。先日も額を切って、ドラッグストアのCVS Pharmacyで傷を寄せるテープSteriStripを購入して治療し、直ったばかりだというのに。全く、この落ち着きのなさは誰に似たのだろう。下唇が2cmほどぱっくりと切れ、血をぼたぼたと流している。圧迫して止血し傷口を確認すると結構深い。今回ばかりはSteriStripだけでは無理そうだ。

子供のかかりつけ医は小児科なので、創傷には対応できないだろう。近所にあるER(救急救命室)を有する病院を傘下におさめる医療グループBaptist Health South Floridaに電話をして相談してみた。どこへ連れて行けばよいか尋ねると、Urgent Centerを紹介してくれた。Urgent Centerは外来で事足りる緊急疾患、例えば縫合が必要な小さい傷、単純な骨折、発熱、頭痛などを扱うところで、日本の1次救急に相当するらしい。予約なしで飛び込み受診でき、トリアージシステムを取り入れているところはERと同様だ。トリアージシステムとは、来院時の問診や簡単な診察で重症度を振り分け、治療の優先度を決めるものだ。

以前友人の付き添いで深夜にERを受診したことがあるが、軽傷者から重傷者まで患者さんがあふれていた。待ち時間が長く、結局診察にまるまる一晩を要した。特に公共病院のERは治安が悪い地域に置かれ(需要が高いからだ)、無保険の低所得者も集まってくるため慢性的な混雑で、待ち時間も長くなる。Urgent Centerならあちこちに設置されていて軽傷者のみなので、待ち時間も少なくて済むのではないだろうか。

午前11時から午後11時まで開いているとのことで、さっそく子供を連れて行く。受付で受診時間と名前を記入して問診票を受け取る。氏名や住所、保険の種類、簡単な病歴を記入して提出し、看護師さんの問診を受けた。

1時間ほど待合室で待った後、診察室へ。やはり縫合することになった。局所麻酔の後、5針縫合した。かなり丁寧にきっちりと縫合してもらえた。子供は何とか痛みに耐え、ほとんど泣かずに済んだようだ。これに懲りて少しはおとなしくなってくれると良いのだが。抗生剤などの内服薬はなし。2日後に再受診するよう指示され、診察終了となった。

それにしてもこのUrgent Center、緊急時にはとても便利だ。市内各所に様々な医療グループ系列のUrgent Centerがあるようなので、近所のUrgent Centerを事前に確認しておけば、緊急時に慌てずに済むことだろう。

2008年4月11日 (金)

野外映画上映会

Ummovie_2 

マイアミ大学で映画の野外上映会が行われた。

マイアミ大学Coral Gablesのキャンパスは広大で緑が豊富なすてきな場所だ。今夜、キャンパス内の芝生の上で映画上映が行われると聞きつけ、ピクニック気分で家族揃ってやって来たのだ。
Umcampus 広い敷地に転々と建物が建ち、緑がいっぱいのキャンパス

芝生の上にエアクッションを使った大きなスクリーンが設置され、人々は芝生の上にシートを広げたり、携帯いすを持ち込んだり、Starbucs Coffeeのオープンテラスにあるいすを運び込んだりして思い思いの場所に陣取っている。時間は午後7時半。緑が夕日に映え美しい。

私達も持ってきたお弁当を広げ、ピクニックディナーを楽しむ。今の季節は昼間はだいぶ暑くなるが、このくらいの時間になると風もだいぶ涼しくなり、とても過ごしやすい。

本日の題目は「トランスフォーマー」。この作品、公開当時にも息子と観に行ったのだが、スティーヴン・スピルバーグ制作、マイケル・ベイ監督によるSciFi系エンターテインメント映画だ。日本で発売された変形ロボットのおもちゃ(私が子供の頃にもはやってました)がアメリカに渡って大ヒットし、アニメやコミックとなって子供らに長年愛され続け、近年のコミック映画化ブームの波に乗ってついにハリウッドの超大作映画となったものだ。

マイケル・ベイ監督と言えば、「アルマゲドン」「パール・ハーバー」「ザ・ロック」など数々のヒット作品で知られる人気監督だが、あまりにバタくさく派手なその作風は私の好みにはそぐわなかった。だが、この作品はちょっと違う。ストーリーは善と悪のロボット(実はエイリアン)が戦う勧善懲悪ものなのだが、はじめて車を手に入れる(目的はもちろん女の子とのデート)主人公を描くティーンエイジャー映画の要素もあり、また、Section Sevenなる、エイリアンを扱うアメリカ政府の極秘組織が登場したりして(Area51ネタの派生系ですな)私のようなSciFiファンの心も上手にくすぐってくれる。マイケル・ベイ監督の好きな自己犠牲テーマも、あまりに強い敵との悲壮感さえ漂うラストの市街戦とマッチして心に迫り、なかなかの作品に仕上がっている。

すでにDVDで発売中のこの作品、お勧めです!

CGの発達によって、このようなロボットバトルアクションを迫力のライブ映画で観ることのできる今の子供らは本当に幸せだなとちょっとうらやましくなる。この映画を観たハイスクールの男の子はバンブービーに変形する黄色のシボレー・カマロがほしくてしようがなくなるに違いない。

再見にもかかわらず、瞬く間に2時間あまりが過ぎた。息子も終始大興奮で騒ぎまくり(うるさすぎ!)、最初は興味がなくて寝ころんでみていた娘も途中からは座り直してスクリーンに見入っていた。AV機器の進歩で手軽に家で映画を楽しめる時代だが、やはり大画面で見る映画はいい。しかも心地よい風に吹かれての野外上映会、家族揃って大満足であった。

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