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2008年3月31日 (月)

確定申告

2008年も早3カ月が経過した。確定申告の季節だ。

ここアメリカでは、全ての人々に確定申告の義務がある。源泉徴収と年末調整で済むサラリーマンの多い日本と異なる点だ。私たち医師、特に大学病院勤務では日本でも毎年青色申告が必要だった。週1回のパート出張や週末の当直出張など複数の病院で働き、給料を2カ所以上から受け取るためだ。

したがって申告には慣れているのだが、アメリカの確定申告もなかなか複雑だ。

そこで役に立ったのがこのwebsite。アメリカの税金の算出方法は基本的には単純だが、様々な減税があり、しかも年ごとにころころ変わるので理解が難しい。よく知らないと余計な税金を支払いかねない。会計士がはやる所以である。会計士に依頼するとその費用以上に減税され、依頼主も会計士も得をする。違反キップの時もそうだったが、お金が世の中をうまく巡るようにできているようだ。

私たち研究留学生も減税の恩恵を受けられる。渡米した年と翌年は免税されるのだ。だから確定申告は税金で支払ったお金を取り戻す作業なのだ。

免税の場合、職場で事前に手続きすれば源泉徴収を回避することもできる。後で税金を取り戻す手間がはぶけ楽だが、この場合でも確定申告は必要だ。免税資格の証明と所得の申告のみになるので、あまり手はかからない。具体的にはForm8843Form1040NR-EZInternal Revenue Service (IRS)のwebsiteからダウンロードして記入し、提出するだけで済んだ。

人に尋ねたり、websiteで調べて何とか書類を完成させ、郵便で税務署に送付した。郵送途中で書類が紛失したら大変なことなので、Certified Mail、いわゆる書き留め郵便で送った方が安心だ。郵便局へ行くと緑色の文字で印刷された小さな用紙があるので、宛先を記入して窓口に提示する。この用紙に記載されているTrack Numberを使ってwebsiteから郵便物を追跡できる仕組みになっていて、値段も安い。民間会社のFedExなどではさらに便利な追跡サービスがあるが、その分高価になっている(いわゆる宅配メールである)。

例え日本に帰国しても前年度の収入分を翌年には申告しなければならないので、作成した書類のコピーを残しておけば次回の参考になるだろう。ちなみに申告の締め切りは会計年度の期間によって異なるのだが、一般的には4月15日である。早めの準備が肝腎だ。

2008年3月17日 (月)

不法滞在の危機!

また大トラブル発生!今度はビザのトラブルだ。

正確には出入国カードにあたるI-94のトラブルである。ビザ(査証)は、アメリカ入国に際し必要となる入国許可申請証明の一部だ。これに対してアメリカ滞在中の身分を証明してくれるのが職場が発行する滞在許可証明(私の場合はJ-1 statusの証明であるDS-2019)とI-94である。
I94 これが出入国カード(I-94)。短期の観光でアメリカに入国するときは緑色のものを使うが、ビザで入国するときには白いものを使う。下の部分がパスポートに貼られ、アメリカ滞在中のstatusと滞在期間を証明する書類となる。

話は昨夏のカリブ海クルーズまで遡る。クルーズから帰国しアメリカ再入国の際に新しいI-94が作られたのだが、この記載が間違っていたのだ。I-94にはビザのstatusと有効期限が記されている。本来ならそれぞれJ-1、D/Sとなっているべきだが、なぜか観光ビザのstatusであるB-2、しかも期限が2007年12月いっぱいになっていた。仕事で国外に出る予定があり、久しぶりにパスポートを取り出してみて判明した。
I94 このように記載されているのが正しいのだが、
I94_2 なぜかstatusがB2に、しかも滞在期間をすでに超過している!

最初はI-94に対する知識が不足していて、それがどういう意味を持つのか理解できなかった。詳しい人に尋ねてみると、もし移民局のコンピュータ上のstatusがB-2になっているとover stayということになるかもしれないらしい。

「それってつまり不法滞在ってことですか?」

「そうなります」

「そ、そんな・・・crying

困った!! 期限内に気付いていれば、移民局へ行って事情を説明し、書き直してもらえたかもしれないが、今出向くと国外退去になってしまうかもしれない。日本に帰国して新しいビザを手に入れ再入国するには膨大な時間を要するだろう。

いっそのことこのまま黙っておくか?アメリカ国内にいる限りはstatusを確認されることはまずないし。だからこそアメリカでは数多くの不法滞在者が日々暮らしていけるのだ。でも不法就労ってことにもなるのでは?それに一度アメリカを離れたら再入国は難しくなってしまう。なにせ不法滞在した前科者となってしまうわけだ。最近移民法が厳しくなり罰則も強化されたようだし。

ほとほと困り果てネットで調べてみると、どうやらI-94のトラブルはとっても多いらしい。みなさんの苦労話が身に染みたが、残念ながら私と同様なケースは見つからなかった。移民弁護士のサイトにアクセスして無料相談を利用してみたが、予想通り

「移民法は複雑で、お客様一人一人の状況によって対応が異なってくるので、まず有料の査定をお試し下さい。」

との返事。金を払って弁護士に相談するしかないか?でもとんでもなく高いようだし、時間もかかるぞ、と周りからは脅される。

そもそも入国審査官のミスなのにどうしてこんなに困らなければならないのだ?私はDS-2019も見せたし、第一Bビザなんて取得したことないぞ。でも移民局によると、その場で間違いを指摘しない方が悪いとの事らしい。不条理な!

にっちもさっちもいかなくなり、胃が痛くなってきた(実際胃薬の世話にもなった)。

そこに救世主登場。カミさんがアメリカ人の友人に相談したらあちこちに電話を掛けまくってくれた。移民局の各部署やマイアミ港など何度も電話を回され、同じ部署を堂々巡りしたりしつつようやく辿り着いたのがここ。

shineDiffered Inspectionshine
TEL; (305) 526-2840
Address; 3550 NW 57Ave., Miami, FL

こちらに落ち度がなく、書類に不備がなければ書き直すから出頭するようにと言われた。カミさん、偉い!!一筋の光明が見えて来たぞ。

早速出掛けてみる。場所はマイアミ空港の一角、小型ジェット機が発着する建物の一室だ。ボードに名前を記入し順番を持つ。他には出頭を命じられた手紙を手にする人や弁護士らしき人らが待っている。入国審査官が現れ名前を呼ばれた。

「要件は?」

自分が怪しい者ではなく正規の書類を持って入国していることをとうとうと説明し始めると、

「何が問題なんだ?」

「I-94が間違っている」

「どれパスポートを見せてみろ」

パスポートを渡す。

「ほう・・・」

と神妙な顔つき。DS-2019を取り出すが要らないとのこと。

「ちょっと待ってろ」

新しいI-94に記入するよう言われ提出。しばらくして待合室の廊下に呼ばれる。

「直したぞ。コンピュータの記録を書き換えるのに48時間かかるから」

え?こんなに悩んだのにそれだけ?やはり単純に審査官のミスだったのだろうか。新しいI-94の番号が古いものと同じに書き換えられ、statusはちゃんとJ-1になっていた。何のお咎めもなく、特に書類も面接も必要なしで正しいstatusに戻ることができた。しかも無料。

弁護士に頼んだら、やはりここへやって来て書き換えをしてくれたのだろうか?それともこの方法ってかなりマイナーなやり方なのだろうか?この方法を知っている人はほとんどいなかったし、もし同じような悩みを抱えている人がいたら試してみる価値あり、デス。

これでどうやら前科者にならずに済んだようだ。しかしこの2週間は生きた心地がしなかった。みなさんにもアメリカに入国したら必ずI-94の記載を確認することをお勧めします。

2008年3月10日 (月)

主夫業

今週から主夫を終え職場復帰した。

主夫業は考えていたよりもかなり大変だった。赤ん坊はなぜか昼夜逆転していて(体内時計が日本時間なのか?)、カミさんは朝はぐっすり。朝起きて子供らの食事を作り(シリアルやふりかけご飯だけど)、支度をさせ、宿題やその日に行なわれるテストの準備を手伝い、学校へ連れて行く。もちろん担任の先生や友達のお母様方にも愛想を振りまいて、赤ん坊の近況報告も伝えて来る。帰宅したら食器を洗い、洗濯だ。カミさんは出産が早く済んだせいか結構元気で何かと手伝おうとするのだが、そんなことをしてもらっては主夫の名がすたる!

そうこうしているうちに昼になり、昼食の準備。と言っても昨夜の残り物だけど。

昼食が終わり、ほっとするのもつかの間、子供の迎えの時間だ。時には習い事やPlay Date(放課後に友達の家に遊びに行くこと)のため、子供らを送り届けなければならない。

子供が帰宅するとまずは

「お腹空いた~」

学校のランチが10時前後なので、夕食までお腹が持たないらしい。軽食を食べさせ、少し休ませたら、今度は宿題だ。最近息子のScienceが問題ありありで、担当の先生からも再三の呼び出しを食らう始末。小テストの前日に出題される問題についてプリントを持ち帰ってくるので必死に覚えさせる。集中力のない息子に難しい英単語とその意味を暗記させるのは大変だ。

そろそろ夕食の準備をしなくては!レパートリーなどないに等しい私だが、カミさんが横にいるので言われるままに料理すると何とかなるモンである。料理のレシピも実験のプロトコールと似たようなものだ。手のかからないものを選択すると肉料理が多くなるので、子供たちへの受けは良い。

子供らにシャワーを浴びさせ、ベッドに寝かしつける頃にはこちらもぐったり。家事の日常業務だけでも大仕事だ。これらに加えて買い物や赤ん坊の小児科通いなどの外出が加わると休む暇なしだ。

仕事を家に持ち帰って空き時間に進めようと思っていたが、ほとんど手に着かない有様であった。幸いカミさんの回復が早く、私が朝子供らを学校へ連れて行けば、昼間の事はカミさんができそうと言うことでめでたく職場復帰となったわけだ(ホッ)。

短い間ではあったが、だいぶ学ぶことも多かった。子供らの学校生活もかいま見ることができたし、カミさんも

「ダンナが家のこと手伝ってくれるなんて最初で最後だろうね」

と喜んでいるようだし・・・。でも赤ん坊の面倒はカミさんと子供らでみているので私はほとんどノータッチであったweep

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