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2007年5月26日 (土)

苦闘!給料獲得への道

ここマイアミへやってきて、もうすぐ10ヶ月になる。最近になってようやく給料を受け取ることができた。ここ数ヶ月は給料獲得のための辛くて長い闘いの日々であった。

日本の医師が“留学”するパターンにはいくつかある。いわゆる学生の留学のように学校へ通学するわけではないので、“留学”と呼ぶのは正しくないのかもしれないが、私の場合は研究留学と呼ばれるタイプのものだ。これはある分野の研究をするために、海外の大学などの研究施設に研究者として勤める形をとる。日本の研究施設から給料を受け取り、出向として来ることもあれば、こちらの研究施設に雇われ、給料を受け取ることもある。私の場合は後者だ。

私が目的とした分野の研究施設はアメリカ国内にもあまり数がなく、なかなか留学先が決まらずにいた。そこで、日本で専門としていた臨床分野と目的の研究分野の両方で有名なマイアミ大学に目をつけた。まず最初は日本で専門としていた臨床分野のObserver(見学者)としてアメリカへ来て、そこから目的の研究分野へ移るという形をとった。実はこれが困難な闘いの始まりだった。

マイアミ大学に来られることになってからは話がトントン拍子に進み、マイアミ入りする前に訪れたボストンの学会場で現在のSupervisor(上司)と直接話す事ができて、昨年12月に臨床のObserverから無事目的とした研究所にポスドクとして移ることができた(IDカードを受け取るまでだいぶ紆余曲折があったが)。

この研究所は、新規採用の場合最初の6ヶ月は無給で(見習い期間ですな)、その後正式な契約を結ぶことになっている。しかし、Supervisorやポスドク仲間の助けもあって2月から給料が出ることになった。給料をもらう際に一番問題になるのは給料の出所(ソース)だ。こちらでは給料は何%が研究施設から、何%が研究予算から、何%が基金から、というように、仕事の内容によって出所が厳密に決定される。人件費は最も予算を食うので、給料の出所を得るのが最も難しいのだ。

給料の出所が確定し、なんとか228日に書類にSupervisorのサインをもらえた。次はVISAの書き換えだ。最初は無給の条件でVISAが出されていたので、これを給料がもらえる形に書き換えてもらわねばならない。このような手続きの窓口になるのがHuman Resourceと呼ばれる部署だ。私が移ってくるまではベテランのおばちゃんが牛耳っていて、方々に顔が利いたため手続きもスムーズに進んだらしいのだが、その人が休職してしまい、若い女性が代理をしていた。勝手が分からないからなのか、はたまた仕事がゆっくりなのか、VISA書き換えの書類作成にほぼ1ヶ月かかってしまい、新しいVISA statusを得たのが42日だった。その間口頭やメールで何度も督促した。Supervisorの教えに従い、Sweets(お菓子)持参で出向いたこともあった(涙)。

ここまで来れば問題なく給料が支給されるはずだった。しかし、なかなか私のデータがHuman Resourceのコンピューターに登録されない。代理の女性(このころには本職になっていた)がHuman Resource本部に何度も連絡を取ってくれたが、その度にこの書類が足りないだの、あの書類が足りないだのといっては時間ばかりが過ぎていった。いずれの書類も12月にこの施設に移った際にすでに提出してあるものばかりである。埒があかないので自分で直接Human Resource本部に電話して交渉を開始したが、その時もうすでに5月に入ってしまっていた・・・。さすがにこの頃には交渉疲れがピークに達し、かなりうつ気味・・・。おかげでブログ更新も月1回のみに(と言い訳)。

電話での交渉時に必ずデータ入力すると言っていたにもかかわらず全く行われないため、ずっと心配してくれていたアメリカ人テクニシャンに付き添ってもらい本部に乗り込むことに。白衣を着たまま行ってしまったのだが(汚いのでこんな事をしてはいけません)、Human Resourceの受付嬢はそれを見て、

「あなたドクターなの!?

と、慌てて奥へ。こちらの人は肩書きにとても弱いらしく、ドクターが直接文句を言いに来たからさぁ大変!!ということになったようだ。私の担当だった人ではなく、直接Supervisorが出てきた。

話をしてみると、私の手続きが全く進んでいなかったことが判明。12月にはすでに働き始めていて、すでに身分もあり、後は給料を支給できるようデータを入力するだけだと説明すると、コンピューターを確認し、その日のうちに入力すると言ってくれた。担当者は私の状況を全く把握せずにあれが足りない、これが足りないと言っていただけだった(怒)!

これで一安心、とHuman Resource本部を後にしたが、これだけでは済まなかった。私のデータがコンピューター上に2つ存在したのだ。

雇用者はCナンバーと呼ばれる雇用者番号で管理されている。しかしObserverは雇用者ではないのでCナンバーがなく、Social Security Number(アメリカ在住者の身分番号)で管理されており、私の最初のデータはSocial Security Numberで作られた。今の研究所に移動した際にこのデータにCナンバーをつけるべきであったところ、このデータとは別のもう一つの私のデータがコンピューターに作成されてしまったらしい。この新しいデータにももちろんSocial Security Numberを入力しなければならないのだが、その欄には適当な日付が入力されていた・・・。きっと同じ番号を入力することはできなかったのだろう、なんて適当な仕事ぶりだ(怒X2)。

今回新たにデータを加える段になりSocial Security NumberCナンバーの両方が一致するものがなく、大混乱したらしい。同姓同名が存在することもあり得るため、どちらのデータが私のものなのか確認できなかったのだろう。

結局Cナンバーを新しくすることで一件落着した。Human Resource本部に(白衣で)直接交渉に行かなければ、きっと今でも給料を手にすることはできなかったであろう。

こうしてようやくコンピューター上に存在するようになった私は無事給料を手にすることができた。とは言ってもこれまで有効なCナンバーがなかったため、医療保険や健康診断などの手続きが滞っていて、今はそれらの手続きの追われる日々だ。

今ひとつ不安が残るのは、未だにもう一つのデータがコンピューター上に存在することだ。本来ならきちんと消去されるはずなのだが、そんな面倒くさいことは誰も行ってくれないらしい。今後トラブルの原因にならなければよいのだが。

2007年5月 5日 (土)

公園

マイアミ周辺にはたくさんの公園がある。

まずは郡立公園だ。これは日本ではいわゆる児童遊園地に相当するものだろう。住宅街近郊に必ずと言っていいほどある。日本と異なるのはその大きさだ。数ブロックぶち抜きの規模を有する公園もざらにあり、園内に池があるところも見られる。公園ごとに様々な施設を有していて、例えば、ブランコやジャングルジムなど幼児のための遊具、野球場やバスケットコート、テニスコート、プールなどのスポーツ施設、それにサイクリングコースを備えるところもある。公園内に必ずと言っていいほど備わっているのがバーベキュー施設だ。バーベキューコンロといす、テーブルが備え付けられていて、無料で使用できる。週末ともなればあちらこちらで誕生日パーティーや仲間同士のバーベキューパーティーが開かれている。
Park1_1 左奥に見えるのは誕生日パーティーのために用意されたトランポリンだ。

次は州立公園 State Parkだ。ビーチや川の近く、森の中に作られ、施設の中でカヌー遊びや乗馬、トレッキング、釣り、海水浴、川遊び、キャンプファイヤーなどが楽しめる。キャンプサイトを備えた公園も多い。ゴルフ場を備えるところや、歴史的建造物を有し、ガイドツアーに参加できるところもある。博物館を有するところもある。入り口に管理人がいて、様々なアクティビティをそこで申し込むことができるようになっている。
Statepark州立公園内の川でボートやカヌー遊びができる。 

最後は国立公園 National Parkだ。他の公園と異なり、国立公園は自然保護を目的として設立された公園で、レンジャーパトロールが常駐し、アメリカ各地の貴重な生態系を守っている。訪問者はその雄大な自然を観察しにやってくるのだ。そしてその観光収入は自然保護に還元される仕組みになっている。有名なところではグランドキャニオン国立公園やイエローストーン国立公園があるが、フロリダ州にもエバーグレーズ国立公園ビスケーン国立公園の2つがある。いずれも美しい海に囲まれた国立公園で、特にエバーグレーズは大規模な湿地帯にあって、ここでしか見ることのできない動植物が数多く存在する。ワニ(アリゲーター)もいっぱいいる。国立公園内にもキャンプサイトがあり、州立公園に比べると制約は多いものの、雄大な自然の中でゆったりと過ごすことができる。
Evergrads2エバーグレーズ内にあるビーチ。
Evergrads1カヌーで川下り。残念ながらアリゲーターには出会えず。

これらの公園は遊び場であると同時に自然と触れ合える場であり、自然について学べる場でもある。フロリダにはディズニーワールドやユニバーサルスタジオを始めとする遊園地もたくさんあるが、上記のような自然を満喫できる公園も至る所にあって見逃せない。

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