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2007年3月31日 (土)

英会話スクール

昨夜は英会話スクールの今学期最終日で、パーティーがあった。

私のクラスはacademic classと呼ばれ、ESL(English as a Second Language)クラスの中では最終学年らしい。非常に国際色豊かな生徒が集まっていて、キューバ、コロンビア、メキシコ、アルゼンチン、ペルー、ニカラグアなどの中南米諸国だけでなく、ドイツやアルバニア出身もいた。アジア出身は私だけだったが。

授業は英会話のみならず、アメリカの歴史や風習、各国の文化の違い、コミュニケーション術などなど多岐に及び(それぞれの授業があるわけではなく先生の会話がしょっちゅう大きく脱線してしまうだけなのかもしれないが)、アメリカ生活に適応し、専門職で働くための能力を身につけることを目標としているのかもしれない。この先生は下ネタが大好きで、スラングもやたらと教えてくれる。

昨夜のパーティーは生徒が先生のために料理を持ち寄って開かれ、各国の料理が集まった。
Food_1
左奥に見えるペルー料理、パパラワンカイヨが美味かった!作ってくれたのはペルーから来ている医師(男性)だ。

皆は私に寿司を期待していたようだが、時に夜に仕事が入り休みがちな私はパーティーの前日、前々日を欠席したためか(あるいはスペイン語を話せないためか)パーティーが開かれることを知らず、皆を失望させてしまったようだった。

通学し始めて1ヶ月ほどの私はそのままこのクラスに留年して4月以降も通うのだが、ほとんどの生徒はESLを卒業していくことになる。ちゃんと卒業証書まで用意されてあって、楽しいパーティーだった。

彼らの多くは、この後別の場所にあるABE (Adult Based English) クラスに通うそうだ。ようやく名前を覚え、仲良くなってきたところだったので寂しい気もするが、来学期はさらにしっかり学んで英語を上達させ、ABEにステップアップしたいと思う。

2007年3月20日 (火)

続・違反キップ-裁判所篇

違反キップのその後について報告しようと思う。

"不適切な追い越し″をして(ただのレーンチェンジのつもりだったんだけどなぁ)ポリスにキップを切られたのが1月24日。罰金$133.50と3点の点数加算(アメリカでは日本と異なり違反点数が加算されていく)を科された。

Citation これが切られたキップ。

このキップに対してとり得る手段は3通り。
①罰金を払い、加点されたまま運転を続ける。
②ドライビングスクールで4時間の講義を受けて加点を取り消してもらい、罰金を払う。
③裁判所に異議申し立てをする。

①は最も簡単だが、違反点数が加算されるとセイフドライバーではなくなり、様々な特典が受けられなくなる。例えば次回の違反では加点の取り消しをするのが困難になるし、3ヶ月以内に何らかの違反をすると即免許停止になってしまう。こちらは一時停止や黄色信号での交差点進入、当下校時のスクールゾーンでの速度制限(15マイル/時)など、微妙な判定でもポリスが違反していると判断すればすぐに切符を切られてしまい、その場でいくら言い訳しても通用しない(逮捕されるとよけいややこしくなるし)。ましてや加点が存在すれば危険ドライバーと見なされてしまって釈明の仕様もなくなってしまう。

②は日本人としては最も受け入れやすい選択肢だ。しかし講義にはさらに受講料が必要で、多少罰金は安くなるものの合計$150以上の出費を余儀なくされてしまう。

30日以内にいずれかを選択しないと罰金に延滞料が加わるので、周りの人にいろいろと聞いてみた。すると、違反切符に詳しい人がいた!

彼女は友人の娘(大学生)で、これまでに何度か違反をしていてこの道のエキスパート(!)とのこと。彼女に意見を求めると、

「裁判所に申し立てをして点数を取り消してもらい、罰金を値切るのよ」

そ、そんなことできるの?
友人は、

「日本人だから間違えて左側を走っちゃったって言えばいいよ」

なんて言っているし、かなり不安だったが、ひとまず申し立てしてみることにした。

違反がコンピューターに登録(裁判所のwebsiteから確認できる)されるまで15日かかった。2月中旬に裁判所に電話をして異議申し立てする旨を伝えると、Pretrial(申し立てを裁判官が聞く)の日程が手紙で送られてきた。この日程は裁判所が決定し、変更ができない。この手紙と前後して様々な弁護士事務所からお手紙が舞い込んできた。曰く、

Lawyerad 「あなたは無罪だ!」
「安い弁護料で点数も消せる!違反金も大幅減額!」

弁護料がそんな安いわけないだろ!と思いつつアメリカ人の商魂に恐れ入った。裁判所から個人データが漏れているのだろうな、きっと。

そわそわしているうちに当日を迎えた。指定の時間に裁判所に現れないと免許停止になってしまうので、エキスパートの彼女にも同行してもらい遅れないように向かう。裁判官の心象を損ねないようしっかりネクタイも締めた。昼の時間帯だったのだが、空は急に暗くなり、季節はずれの激しいシャワー(通り雨)が降ってきた。なにやら不吉な予感が・・・。

裁判所の入り口では空港並みのボディーチェックに合う。X線をくぐり、いよいよ法廷へ。刑事裁判ではないので陪審員はおらず小さめではあるが、法廷ドラマで観るそのままの場所で、裁判官は壇上に座っていた。

到着したとき、法廷には警察官と弁護士が立ち、なにやら裁判官と話していた。それが終わるといよいよPretrialが始まった。私の前にすでに2人が待っていたのだが、まず一人目が法廷に立ち裁判官に名前を聞かれた。デスクトップコンピューターで記録を確認した裁判官はおもむろに、

「裁判に持ち込みたい?それとも罰金$73.50に減額、点数はなしで示談にする?」

法廷に立った人は面食らったようだが、

「その金額は裁判料込みですか?」

と確認すると、即支払う意思を表明した。2人目も私も

「あなたも同じね。どうする?」

「も、もちろん払います!!」

いとも簡単に目的が達せられてしまった。ちなみに裁判料は$30.00。裁判所に出頭しただけで罰金が3分の1以下の$43.50に減額され、違反点数も取り消してもらえた。断っておくが、エキスパートによるといつもはこんなに簡単ではないらしい。どのような違反をしたか(自分が悪くなかったかのように)述べ、自分がいかに普段安全運転であるか説明し、提示された罰金の額を値切っていってなんとか$70くらいにしてもらうそうだ。

今回は同じ時間帯に名前が並んでいた人が30人以上いたし、お昼時で裁判官も早く終わらせたかったのだろう。始まる前に

「この時間帯は何人いるのかしら?早く済ませてランチに行きたいわ。」

なんて言いながらデスクトップを操作していたし。とにもかくにも私にとってはラッキーだった。

会計の窓口に行くと60日以内に罰金を支払うようにとのこと。その場で支払いを済ませ(カードで払えた)、晴れて自由の身になった!!ちゃんと判決文ももらった。
Judgment

こうして裁判所初体験を終えた。もう2度と来ないことを祈りつつ・・・。

2007年3月12日 (月)

夏時間

アメリカは昨日より早くも夏時間になった。例年より3週間早い。エネルギー省の方針らしい。朝は7時を過ぎないと明るくならないが、夜は8時くらいまで明るい。

時間の変更に伴ってコンピュータ−やスマートフォンTreo700pのアップデートを行ない、時計は自動的に夏時間になった。しかしTreoの電池の減りが早くなったような気が…。

2007年3月11日 (日)

カエ・オーチョ・フェスティバル

Calleocho

 3月に入るとマイアミでは10日間に渡りカーニバル (Carnaval Miami) が開かれるのだが、その大トリを飾るのがカエ・オーチョ・フェスティバル (Calle Ocho Festival) だ。“カエ・オーチョ”とは“8番街”という意味で、その名の通りSouth West 8th Street23ブロックに渡って閉鎖し歩行者天国にして行われる全米最大規模のストリート・パーティーだ。実に100万人の人出とのこと。

 この地域はリトル・ハバナと呼ばれ、キューバ移民が住み着き一大文化圏を形成している。マイアミではスペイン語は第2の公用語のように使われているし、キューバ料理や音楽(サルサ)、葉巻などの特産品など、社会主義国家以前のキューバで形成された豊かな文化が、マイアミというアメリカの中では比較的新しい都市の個性を形作っているのである。このお祭りはそんなマイアミを実感できる、ラテンの祭典なのだ。

 会場が広くてすべてをまわるのは無理なので、“Kids Zone”にねらいを定めて南よりSouth West 8th Streetへ向けて車で北上。ほど近い10th Street辺りに路駐して徒歩で歩行者天国へ。聞こえてくるのは大音響の音楽、もちろんサルサだ。路上に特設されたステージの前ではダンスの輪ができている。いかにもラテンのノリだ。

 子供らは風船やチョコレートをもらったり、フェイス・ペイントしてもらったりととても楽しそうだ。乗り物や遊具もある。屋台(?)で売られているのもラテン料理だ。人は本当に多く、3車線の道路がびっしり埋まっている。

 “Kids Zone”を過ぎると音楽はさらに大音響となり、会話もままならない。人々は踊りまくり、まさにカーニバルの雰囲気であった。

 昼過ぎから3時間歩き回ってさすがに歩き疲れたので途中で引き返してきたが、人の波はさらに膨らんできていた。日差しが強かったが(春と言うよりは初夏のようだ)心地よい風が吹き、楽しい1日だった。

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